ぬいの創作の庭

月染ぬいの創作活動の庭

弔いの花

悠くんと弥都ちゃんの出てくるお話

(過去作 他サイトから転載)

 

とある雨の日、通学路と書かれた路上に黄色い傘を差した子供が見えた。

夕焼けの鐘はとうに鳴り終わった薄暗い夜道に、ぽつりと置き去りにされたようにたたずむ子供

 

こんな時間に迷子…?

 

小学校五年生、森井栞鳴(もりいかんな)はその黄色い傘に声をかけた。

 

「ねえ、君どうしたの、こんな時間に」

 

そう声をかけると黄色い傘から子供の姿が見えた。

小学校1.2年生と言ったところか、黒いランドセルには黄色いカバーがかけられており

それは街灯を照り返して存在を主張する。

 

『僕はまだここにいる』

と言っているように

 

 

栞鳴は気づかなかった。

街灯の下に置かれた弔いの花束に…

 

 

*******

 

「お兄様、おはようございます!」

「おはよう、みーちゃん」

 

お兄様と呼ばれた青年はゆっくりと微笑むと少女に向かって返事を返した。

みーちゃんと呼ばれた少女はそれに少し頬を赤くする。

 

みーちゃんもとい、柊弥都(ひいらぎみと)は青年、柏木悠(かしわぎゆう)に

ひそかな恋心を抱いていた。

 

元々、柊家という霊能体質の家柄に生まれたせいで幼い頃から幽霊が見え

それに悩まされてきた弥都にとって悠は救世主であり心から尊敬する存在だった。救世主となった理由は…おいておくとして

 

今日もかっこいいな…

 

のんびりと食事をとる悠を見ながらそんなことを考えていると

 

「そろそろ時間じゃない?」

「え、あっ!遅刻しちゃう!!」

 

時間はとっくに出かける時間を過ぎていた。

普段なら親友の栞鳴が迎えに来てる時間だがその気配はない。

不思議に思いながらも弥都は学校へ急いだ。

 

まだ雨は降り続いている。

 

こういった日は苦手だと思いながらいつもの通学路を歩いていると先の方に見知った後姿があった。

栞鳴だ。声をかけようとしたが栞鳴の隣にいる黄色い傘の子が目に留まった。

 

栞鳴は一人っ子のはず、じゃああれは誰だろう…?

どうして栞鳴は傘をさしてないの?こんな雨の中で…

なんだか嫌な予感がし、ぞくっと背筋が凍るような寒気が襲ってくる

するといつの間にか辺りは霧に包まれていた

 

「かん…な…?」

 

か細い声で紡いだ言葉は雨音に消されていく。

栞鳴の代わりに振り向いた黄色い傘。

その姿は血にまみれ、首がありえない方向に向いて曲がっていた。

黄色い傘の子はケタケタと笑いながら栞鳴の手をひいて霧の中に消えていく。

 

「ま…待って…!栞鳴!!」

 

 

**********

 

 

 

 

「…雨、止まないね」

 

小さな黒猫を撫でながら、悠は窓辺でくつろいでいた。

生まれながらに不思議な力を持っていた悠は霊や妖怪といった類のものに好かれる体質らしく、普通の生活が困難なため退治屋である柊家に身を置いていた。

 

現に今撫でている黒猫も猫又という妖怪だ。

裂けた尾を持つ猫の妖怪である。

 

「どうしたの?夜月」

 

猫又、夜月が窓のふちに飛び乗り何かを目で追っている

いつもは大人しいのに珍しいと悠は夜月の視線を追うと、さっき出て行ったはずの弥都が走って屋敷の中に駆け込んできたのが見えた。

 

「みーちゃん、どうしたの?」

 

慌てた様子で駆け寄ってくる弥都に尋ねると

弥都はボロボロと泣き出した。

 

「か…グス…栞鳴が…

幽霊に連れてかれちゃった…ッ!」

 

そういうと、うわああんとその場で泣き出す

元々弥都は幽霊の類が大の苦手で見ただけで泣き出すのだが、

今回は親友が連れていかれた事も合って泣き様がひどかった。

 

悠はなだめつつ夜月に指示を出す。

 

「夜月、探ってきて」

 

そういうと夜月は屋敷の外に走っていった。

 

 

********

 

「少し落ち着いた?」

「…うん」

 

泣きはらした目元をこすると弥都はこくりと頷いた。

 

「どうしよう…」

 

先ほどから同じ言葉を繰り返す弥都

どうしようかと悩んでいると窓から夜月が姿を現した。

 

「おかえり、どうだった?」

 

その問いに夜月は雨でぬれた体をぶるぶると振った後、

ドロンと人に化けて報告に入った

 

「聞いて回ってきたが、どうやら小娘と同じ学校の“岩井修太”という小僧らしい。先日自動車事故に巻き込まれて亡くなったそうだ」

 

「事故…」

 

夜月の説明に弥都はまた泣き出しそうになる。

 

「お兄様、どうして事故にあった子が栞鳴に憑りついてるの…?」

 

「うーん…そうだね

 

例えば、みーちゃんがいきなり死んじゃったとして

最後にしたいことって何だと思う?」

 

悠はいつものらりくらりと質問をかわしては

意味深な言葉を投げかけてくる。

弥都はいつもそれに悩まされるのだ。

実際今回もうーんと唸りながら考えた

それはそうだ、いきなり死んだら誰だって心残りはあるはず

一つになんて絞り切れないだろう。

 

「たくさんありすぎて分かんないよ」

 

その答えに悠はクスっと少し笑った

不謹慎なと夜月は思ったが口は出さないでおく。

 

「そうだね、それが未練ってやつで、

後悔したことがあるから、未練があるから

あちら側に行けずに現世にとどまってしまう。

 

霊はね未知の生き物じゃない

元は同じ人間だから惹かれあっちゃうんじゃないかな」

 

「難しくてわかんないよ」

 

「ちょっと難しかったかな?

幽霊は案外怖いものじゃないかもしれないよってこと!

さあ、助けに行こうか…と言いたいところなんだけど…

 

悠はゆっくりと腰を上げるとふすまの向こう側に目を向けた

そこには悠の監視役の仲井さんがこちらを心配そうに見ていた。

 

ここで悠が動くと仲井さんがお叱りを受ける羽目になる。

悠の体質を知っている柊家のじっさまがつけた監視役だ。

 

「…僕はじっさまを説得してから行くね

夜月は連れて行っていいから、頑張って!」

 

頑張ってと言われても…

でも今は私しか栞鳴を助けられる人はいないんだ

私も立派な退治屋になるんだから…!

 

弥都の家、柊家は代々続く退治屋として有名な家だった。

弥都もその家の血を継ぐ者で将来は退治屋になるため日々修行をしている身だ。

しかしながら幽霊嫌いのせいでほとんどと言っていいほどそれは身になっていない。

 

本当に小娘だけで大丈夫なのか?

 

夜月は内心そんなことを思いながら霧の中を進む。

 

もうすぐ事故現場だ。

情報によると今回の霊は地縛霊らしい

ならば自分が死んだ場所からそう遠くにはいけないはず

 

「居た!」

 

弥都の指さす方向に人影が二つ。

どうやら栞鳴と霊の少年らしい

 

濃くなる霧とそこだけぽつんとくりぬかれた様に事故現場と二人の姿が現れた

栞鳴はうつろな表情で少年の手を握っている

少年はその手を大事そうに握り返していた

 

「お、おねがい

その子を開放して!」

 

『うるさい…!』

 

説得を試みるが返ってきたのは禍々しい言葉だった。

少年はこちらをきつく睨み返す

すると辺りの霧が一層濃くなり弥都の体に纏わりついてきた。

 

やばい…!のまれる!

 

そう思った瞬間身体が恐怖でこわばった

だんだんと意識が遠のく

 

嫌だ…このままじゃ…

怖い助けて…!

 

 

弥都は霧にのまれ、意識を手放した

 

 

 

 

***********

 

誰かの声が聞こえる

ああ、これはきっとあの少年の記憶だ

 

霊は時々こうして記憶の一部を見せてくれる

お兄様は大事なものだからちゃんと見ておくんだよと言うけど

みんな悲しくて辛いものばかりだから、私はあまり見たくない

 

夕焼けの鐘が鳴る雨の日、黄色い傘を差した少年は弥都と同じくらいであろう少女が手を繋ぎながら歩いている。

 

「お姉ちゃん、今日はご飯なんだろうね」

 

「ハンバーグかな、オムライスでもいいね!

お母さんに頼んでみようね」

 

「うん!」

 

それはとても温かい記憶

きっと姉弟なのだろう。とても仲のよさそうで二人とも笑顔で…

しかしそれは急に切ない悲しい話へと変わった

 

手を繋ぐ二人

その後ろから、迫るトラック

 

一瞬の出来事だった

はねられた二人。

 

無残な骸となって転がった二人の手は離れ離れになっていた。

首の骨が折れた弟の目から涙がこぼれた

 

『お姉ちゃん…どこ?

会いたい、会いたいよ

一緒にお家、帰ろ?

 

その声は虚しく誰にも届くことはなかった。

 

 

******

「おい!おい、小娘!起きろ」

 

 

ハッと目を覚ますと事故現場の街灯の真下にいた。

そこには弔いの花とお菓子やジュースなどがおいてあった

 

ここで、あの子は…

 

最後に意識はあった。懸命に姉の姿を探していた。

即死ではなかったんだ、きっと

 

「大丈夫か?」

 

夜月がたずねてくるが、全然大丈夫じゃない

ボロボロと溢れてくる涙にパニックになる

 

こんな悲しいことあったら誰だって後悔する。

そんな子を退治しなきゃいけないの?

でも、このままじゃ…

 

葛藤する弥都に少年が近づいてきた

街灯に照らされる少年の姿は事故当時のまま無残なものだった

 

「な、なに…?」

 

その姿に怯えて足に力が入らない

 

『お姉ちゃん、帰ろう…』

 

そう言って少年は弥都の手をひき始める

ズルズルとひく手は冷たく氷のようだ

弥都の体はだんだんと暗闇に引きづりこまれていく

払いのけようとしても少年の手は、拒絶できないほど大きな力だった。

 

「嫌…!そっちにはいきたくない!!」

 

そう叫んだ時だった

 

「夜月!その子をひきはがして!」

 

力強く発せられて声に反応して黒猫の姿で夜月は少年の手に噛り付いた。

少年は悲鳴を上げながら弥都から距離をとる

 

『う”ぅううぅぅ…だ、れ…』

 

声のした方を見るとそこには走ってきたのだろう

息を切らした悠の姿があった

 

「その子たちは君のお姉ちゃんじゃない…

もう気づいてるんじゃないのか?

 

『う、る、さい…

おねえちゃんと帰るんだ…一緒に…

 

少年の言葉は悲しく空に響いた

弥都は黙って泣くことしか出来ない。

悠は一歩ずつ近づいては言葉を投げかける

 

『くるな…!』

 

「君は間違ってる。」

 

『僕は間違ってない!』

 

「無関係の人をまきこんじゃダメだよ」

 

そういうと悠は深呼吸をした

そして微笑みを浮かべると

 

「大丈夫、今からお姉ちゃんに会わせてあげる」

 

おいでと自分の後ろにいた人物の手を引いた

 

『……!』

 

そこには、弥都が少年の記憶の中で見た少年の姉がいたのだ。

ボロボロになった服、体中にできた傷、足が折れているのだろう捻じれ血を滴らせながらふらふらとこちらに近づいてくる

 

「なん、で」

 

驚愕する弥都に夜月は近づき

 

「未練があったのは弟だけじゃなかったって事だろう…

姉もまた弟を探し彷徨ってたわけだ」

 

そういいながら弥都の体を抱え悠のそばに移動した

 

街灯の下、あの日、離れ離れになった姉弟が再会する。

再会に涙したのか、変わり果てたお互いの姿に涙したのか、それともその両方か

二人の目からは血とともに涙が流れた。

 

『おねえ…ちゃん…?』

 

その問いかけに姉はコクりと頷くと

 

『修太…かえ、ろ…』

 

そういってボロボロになった手を差し出す

それに応え、弟はその手を握り返した。

強く強く、涙をぬぐうことも忘れて、

そして悠達の方に向き直ると頭を下げた。

 

『ありがとう』

 

「もう迷わないでいけるね?ちゃんと帰るべきところに帰るんだ」

 

二人は自覚できていないのだ、まだ自分たちが死んだことを。

それは家に帰れば本当の事に気付くはず

 

弥都は二人の両親の姿を思い浮かべた。

きっといきなりわが子を二人も失って悲しんでいるはずだ。

二人は帰ってもそんな両親の目に映ることはないだろう、どんなに頑張っても、きっと

そう考えるだけでまた涙が溢れ出てきた。

 

『ばいばい』

 

夕焼けの鐘がなる。雨はいつの間にか止み、雲間から光がこぼれる。

立ち込めていた霧は薄れていく、姉弟姿とともに。

その後ろ姿はあの日と同じ楽しそうなものだった。

そしてその姿に一層悲しみが沸き上がるようだった…。

 

 

******

「…な…かんな!」

 

弥都が必死に栞鳴に呼びかける。

姉弟が去ったあと街灯の下に栞鳴はぼうっと立ちすくんでいた。

弥都はすぐさま栞鳴に駆け寄るとボロボロと泣きながら名前を呼んだ。

 

「う…ん…なに?ってあれ

私何してたんだっけ!?てか弥都ったらなに泣いてんの?」

 

正気を取り戻した栞鳴は泣きじゃくる弥都の背中をさする

どうやら記憶が抜け落ちているようだ。

悠が説明をするとぽかんと口を開けて固まってしまった。

 

「まあ、無事で良かったよ

ね、だからもう泣き止んでみーちゃん」

 

そうなだめるとふええとまた泣き出してしまう弥都。

 

「なんであんたはまた泣くのよ!」

 

よしよしと背中をさすりながら栞鳴はつっこみを入れた。

 

「だって、私何も出来なかった」

 

ああ、落ち込んでいたのか

あははと力なく笑うと悠は少しかがんで弥都の視線に合わせた

 

「幽霊嫌いのみーちゃんがここまで頑張ったんだから

もっと胸を張ってもいいんじゃないかな?

それに、退治しないで済んだのはみーちゃんが時間を稼いでくれたからだよ」

 

霊を退治する方法は成仏させ浄化するか除霊を行うかだ。

除霊は霊を殺すことと同じ。もう一度死という苦しみを与える行為。

 

「最後に苦しくて痛い思いをさせなかった。お友達も守れた。

除霊しなくて済んだのはみーちゃんのおかげ!

よく頑張ったね」

 

悠は弥都の頭を撫でながら笑顔を向けると

うわぁぁんとまた泣き出す弥都。

 

「ええ?!」

 

「なんでまた泣き出すのよあんたは!」

 

「全く泣き虫なのは変わらんな小娘…」

 

泣き虫退治屋に苦笑いをする三人だった。

 

 

 

********

 

 

窓から家の中をのぞく姉弟。視線の先には両親と、自分たちの遺影が飾ってある仏壇が置いてある。

 

『いこうか、お姉ちゃん』

『うん。』

 

二人は両親の手を一度ギュッと握ると満足げに笑って消えた。

 

『ただいま』