毒リンゴにキスをして
※白雪姫パロ(過去作 他サイトから転載)
「おーい、おいセラ!どこ行くんだ?」
とある日の事、珍しく出かける支度をしているセラに、
友人であるウォズが声をかけた。
セラは寝ぼけながら灰色の髪を左サイドに軽く束ねると、
普段からつけている黒い目隠しを付けた。
目隠しと言っても右目のところは破けていてあまり意味を成していないが。
「なんか珍しくお呼びがかかったんだよ」
そう答えると、いってくると手を振り移動用の魔法陣に消えていった。
ここは地獄。悪魔達が巣食う地下都市。
悪魔の召喚を受けたものはそれに応えるためこの地の最下層にある、
魔法陣を使って召喚に応じるのだ。
誰だか知らないが随分と温厚な悪魔を呼んじまったなぁ。
「うーん、もう一回寝るか」
ウォズは考えるのをやめるとアホ毛を揺らしながら自室に戻った。
*******
ここは絵本、白雪姫の世界。
城の一室、魔法の鏡に向かって、呪文のように何かを呟いているのは、この国の王妃だ。
「この世で一番美しいのはだあれ?」
その問いに魔法の鏡は答える。『白雪姫です』と。
「この世で一番美しいのは?」
またも同じ質問を繰り返す。鬼のような形相はお世辞にも綺麗とは言えない。
元々嘘をついてはいけない魔法がかかっているのだ。
しょうがないではないか。
『だから白雪姫です。というか王妃、何回目ですか?もう飽きました。』
「うるさいわね!嘘でもいいから私が一番と答えなさいよ、寝かせないわよ」
もう意地である。こんなことの繰り返しで何日寝ていないだろうか。
王妃は目の下に大きなくまを作りながら鏡と口論していた。
『というか悪魔は召喚できたんですか?私ももう寝たいんですが』
「もうすぐよ!もうすぐ呼べるはず…!」
そういってちらりと血で書かれた魔法陣を見やる。
そこには胡座をかいてこちらを眺める灰色の悪魔、セラの姿があった。
「ひっ…!」
王妃の口から悲鳴が漏れる。
やっと気づいてもらえたかとセラは安堵する。
そして何の用だと口を開こうとしたその瞬間。
バタンッ
倒れ寝息をたてる王妃。
「えええええ・・・もう帰っていい?」
飽きれるセラに魔法の鏡は叫んだ。
『お願いだ、待ってくれええ!!というかいつから居た?!』
「10分くらい前から。」
『じゃあ止めてくださいよ…。』
***********
『では仕切り直して、どうぞ王妃。私は寝ます。』
目を覚ました王妃に、鏡は投げやりに話をふって眠りについた。
「寝るのは早ッ。まあいいわ、悪魔よ。
地獄に送ってほしい子がいるの。」
しっかり10時間睡眠をとった王妃は、すっきりした様子でセラに向き直った。
それに対し眠たげな視線を送るセラ。
「それだけ?もっとさ、こう大きな事やろうとか思やないわけ?
一応悪魔なんだけど俺」
「うるさいわね!だったら他の悪魔呼ぶからいいわよ」
そう言い魔法陣を消そうとする王妃。
「待て!別にやらないとは言ってない。」
焦ってそれを制止するセラ。実は退屈していたのだ。
何よりここで帰されてはウォズに笑われる。
じゃあ、と王妃は嬉しそうに地図を広げると王国の近くにある森を指さした。
「ここに生息してる白雪姫を地獄に落としてちょうだい!」
「生息って…雑な扱いだな」
「あんな子なんて雑な扱いで十分よ!とりあえずこの子がいなくなれば私は世界で一番になれるのよ」
胸を張って言う王妃に、どこから来る自信だと苦笑いするセラ。
「じゃあ、偵察行ってくるわ」
「今すぐ落とせばいいじゃない」
どんだけ嫌いなんだよと思いながら
「ルールってものが有るんだよ。
まあ、適当に暗殺でも企ててくれ、じゃあな」
そういって窓の外に消えていった。
*************
王国の近くの森の奥。
セラは木の上に座りながら小さな小屋を眺めた。
小屋の中に白雪姫はいた。
艶やかな背中まで伸びた黒髪、漆黒の瞳、リンゴのような赤い口紅に白い肌。
どこか大人びた少女の名は白雪姫。
「いやいやいやいや。大人びすぎでしょ
確か白雪姫って設定では7歳でしょ?テラーのやつ突っ込む子間違えたんじゃないの…」
テラーとは物語の主人公を他の世界から引きづりこむ役の事を言う。
本来、一度主人公が物語を終わらせると、次の主人公に移行するのだが、
その時にテラーは新しい主人公をどこからか連れてくるのだ。
今回の白雪姫はどうみても7歳ではない。それに動揺していると、どこからか現れたウォズが書類をパラパラとめくりながら
「いや、確かに白雪姫になったのは七歳で合ってるんだけど、王妃が殺し損ねてるうちに12歳まで成長したらしい。それにしてもちょー色っぽいじゃん。ホントに12歳?」
と答える。
「うわ!なんだお前か」
「暇だったから来た。」
にやっと笑いながらウォズはセラの隣に座る。
「どうする?」
「とりあえず、少し様子をみよう」
******
「ああ、よく寝た」
白雪が目を覚ますと、日はとうに天辺に上がっていた。
少し寝すぎたかしらと白雪は思ったが、
まあ何もやることもないし、いいかと思いながら窓の外を見た。
どうやら小人たちはどこかへ行ってしまっているようだ。
「誰もいない…お腹すいた。」
テーブルに視線を移すと、食事がしっかりと用意されていた。
その隣にはデザートのリンゴまでおいてある。
なんという贅沢な。そう思いつつリンゴを手に取る。
実を言うと、これは白雪が眠っている間に、王妃が召使に頼んで支度させた毒リンゴだ。
そんなことも知らずに白雪は、そのリンゴをひとかじり、咀嚼し嚥下する。
常人ならここで血を吹き出し死んでいるところだ。しかし白雪は違った。
「ねむ…」
そのままベッドに移ると寝息をたてて寝始める。
若干顔色が悪いが、それ以外は普通だ。寝言を言えるくらい普通だ。
部屋をのぞいていたセラとウォズは思った。
なんだ、この娘は…。
丁度30分が経過した時、小人の一人が帰ってきた。
「ただいまー。って白雪!あなたまた毒リンゴ食べたでしょう!」
そういいながら白雪の頬をぺちぺちと叩く。
うーんと言いながら目をこする白雪は、眠気眼で小人に
「よっ」と片手を上げて挨拶をした。
「よっ!じゃないですよ!
なんで毎週毎週引っかかるんですか!てか王妃も進歩しないですな…」
飽きれる小人。それもそのはずだ毎週このやり取りをしてるのだから…。
この罠は毎週月曜日になると始まる。
月曜は毒リンゴ。毎度白雪は、そのリンゴを食べては、眠いだるいと言って横になる。しかし毒耐性が付いたのか、この頃少し寝れば治ってしまうという状態だ。
火曜になると、毎度殺人鬼が家を訪ねてくる。しかしこれは小人たちが罠を仕掛け撃退…。を試みるが大抵は白雪が罠を全部作動させ、小屋を全焼させる。殺人鬼もそれを見て退散。
水曜になると、小屋を修理するために、小人たちは白雪を放って汗だくになって働く。ちなみに、この日は定休日なのか何もしてこない。その頃白雪は森に鹿を狩りにいく。完璧に野生児である。
木曜になると、小屋の修理も終わり、のんびりしていると森の熊さんが襲来。
白雪は熊さんを家に招き入れもてなす。毒リンゴで。
金曜になると、しびれを切らした王妃が自ら訪ねてくる。
大きな斧を持って。そして白雪に切りかかるが、白雪はそれをひらりとかわし、王妃の腹に一発こぶしをねじ込む。気絶した王妃を召使が悲鳴を上げながら回収していくという無限ループを繰り返している。
土曜になると、王妃は城で呪いをかける。白雪に災いが降りかかるが、幸運なことに今までそれに殺されかけたことはない。大抵は小人たちが犠牲になっているからだ。
こうして訪れた日曜日、ボロボロになった小人たちは休暇をとる。
一人になった白雪は部屋で寝て過ごす。ちなみに、この日も定休日なのか誰も何もしてこない。
と、まあそんなこんなで、白雪姫は物語を終わらせることなく5年間も生き、王子に出会えないでいるわけだ。そもそも肝心な時に王妃は罠を仕掛けるのをやめる。週休2日制、とってもホワイトだ。
ウォズとセラはそんな白雪の一週間をみて思った。
この白雪姫やばい…!
「ってことはあれか、これだけやっても無駄だったから、悪魔を召喚したわけか」
苦笑いを浮かべるセラにウォズは言った。
「セラ、お前死ぬんじゃねえの?」
その言葉に顔面蒼白するセラ。
「縁起でもない事いうな」
「だって僕ら人を殺す悪魔じゃないじゃん」
きっぱりと言うウォズ。
確かに。ウォズとセラは人の意思を支配する悪魔だ。
人を殺すとかいう強力な力は持っていないのだ。
何か考えねば…。
「とりあえず、白雪を小屋から引きはがすとこから始めよう。
あれは奴の砦だ」
*******
「さて、どうやって白雪を誘い出すか…」
ウォズとセラは、一旦城へ戻った。
王妃に報告がてら作戦を練るためだ。
城の一室、最初に呼び出された魔法陣のある部屋に入ると、
王妃がまた魔法の鏡と口論になっていた。
『だから、何度言っても変わりませんよ!』
「うるさいわね!何度でも聞くわよ」
鏡に威圧する王妃は、こちらに気付いていない様子だ。
しょうがない、声をかけるか。
「おーい、王妃さま。戻りましたよ」
「あら、おかえりなさい。随分と遅かったじゃない」
セラの声に反応する王妃は,セラとウォズの存在に気付くと
「あらあら、悪魔がもう一人増えて嬉しい限りだわ!」
とウキウキと浮かれる王妃。
二人はとりあえず現状を報告することにした。
一週間のやり取り、白雪の特性等々を…。
「それでだ、王妃。
あの砦から白雪を引きずり出すぞ」
セラが意気込むとウォズもうんうんと頷きながら賛同した。
「でもどうやって?」
まあ、そうなるよな。
うーんと悩んでいると、ウォズが提案した。
「まあ、招待状一つでほいほい付いてきそうだけどな」
その案に
「それよ!今すぐ招待状を書いて届けさせるわ!」
名案とばかりに、王妃ははしゃぎながら準備に取り掛かった。
***********
翌日、門の前には白雪の姿があった。
どういうわけか、いつも一緒にいる小人は一人も連れていない。
王妃が招待状にそう書いたのだろうか…。
白雪は、門の前にいる兵士に招待状を見せると、兵士たちは門を開けた。
白雪は特に戸惑ったりする様子もなく、どーもと手をあげて城の敷地に入ると、
中には執事と思われる年配の男が待っていた。
「ようこそ、よくおいで下さいました。
王妃がお待ちです。こちらへ」
そういって案内されたのは、鏡の間。そこにはセラが召喚された魔法陣も書かれている。部屋には禍々しい空気が漂っていた…殺気である。王妃は白雪と対面すると、にやりと笑った。
「よく来たわね白雪!今日こそあなたを地獄に落としてあげるわ」
王妃にはウォズたちから助言を受けた作戦があった。この部屋に描かれた魔法陣を使って新たな悪魔を呼び出すのだ。ちなみにウォズたちは部屋の隅っこで見物している。
「それより、そこにいるのは誰です?」
ウォズたちに気付いた白雪は質問を投げかける。
ウォズたちは一瞬ドキリとしたが、すぐに平静を取り戻すと
「ただの観客だ、お気になさらずー」
と軽口を叩いた。すると白雪はいきなり興奮した様子で言った。
「まさか私と王妃のリアルファイトを見物しに来たんですか!」
まさかの発言に動揺する悪魔二人。
「なんだそれ!?」
何のことだと王妃に視線を送ると、王妃はふふふと満足げに笑う。
白雪は招待状を広げると、内容を確かめるように読みだした。
「よくわかんないですけど、招待状に“明日、お前のお命頂戴する、覚悟しておけ。PS、城でパーティを開きます。良かったら来てね”って書いてあったので、小人たちに聞いたんです。お命って何ですかって。そしたら危ないから逃げてとか、絶対に行っちゃダメとか言うんで」
「じゃあなんで来たんだよ!というか、それ招待状っていうか予告状!」
つっこむセラに
「行くなと言われるとつい好奇心で…王妃はいつも私に襲い掛かってくるのでその件かと思いまして。…腕が鳴りますね。あと食事もたのしみにしてます。」
本当にこの子は白雪姫なのだろうか…。白雪の言動に動揺する悪魔二人だった。
****
屈強な剣士のごとく凄まじい覇気を漂わせた白雪。
ぞっと悪寒がする悪魔二人に対し、王妃は感覚が麻痺しているのか、
動じることもなく悪魔召喚の準備に入った。
今に見てなさい、白雪…!
「異界に通じる門よ、今 我の呼びかけに応じ扉を開けよ!」
王妃の声を合図に魔法陣は光りだす。そして大きな扉が出現すると、
ぎぎぎと音を立てながら重たい扉が開かれた。
そして王妃は悪魔の召喚を始める。
「汝、我の願いに応え、その姿を現せ」
開かれた扉からゆっくりと禍々しい骨ばった手が出てくる。
白雪はその異様な光景に一瞬息を飲んだ。
流石の白雪も怖気づいたかと思われた、その時。
何を思ったのか、白雪は一歩ずつその扉に近づいてきた。
「な、なにをする気!?」
動揺する王妃に相対し好奇心に満ち溢れた顔をしている白雪。
セラはまずいと思い、門に向かって叫んだ。
「早くしろ!やばいのがそこに居るぞ!」
この娘、好奇心だけで動いてやがる…!
あともう少しで白雪の手は扉に届く…
「なにがいるのかな?」
しかしその時だった。
「あ…ッ!」
刹那、白雪は足をもつれさせ壮大に転び、床に転がる。
「「あ…」」
突如消えるウォズとセラ。
よくよく見ると、白雪の足は魔法陣の文字をかき消してしまっていた。
扉は消え、同じ魔法陣から召喚されたセラ達も魔界に強制送還されたのだ。
「あれ…、あれ?観客が消えた…扉も!なになに手品!?」
驚愕している王妃をよそに、白雪は一人楽しげに笑いながら立ち上がり、服をパタパタとはらった。
「な…にを、してくれたのよ!あなたはぁああ!!」
王妃は部屋に飾ってあったレイピアをとると白雪に襲い掛かった。
計画は台無しになった。もう王妃の手でどうにかするしかない。
「わわわ!」
王妃は鬼の形相でレイピアを突きつける。
しかし白雪はそれを、ひらひらとかわす。
しかしいつまでも逃げられるわけではない。
ドンッ
「!?」
狭い室内だ。白雪はとうとう壁に追いつめられてしまう。
「死になさい!!」
そう叫んで、王妃はレイピアを突き出した。しかし…
ピシッ…
次の瞬間、無機質なものが悲鳴を上げた。
鏡だ。白雪は壁にかけてあった魔法の鏡を盾にし、身を守っていた。
鏡はみるみるうちに、ピシピシとヒビが入り、
パリン
と音を立てて割れた。
「・・・・・ッ!!!」
王妃は声にならない悲鳴を上げる。
そしてその体はぐらりと傾き
バタン…
と床に倒れこむ。まるで魂を抜かれた様に。
「もう終わり…?」
白雪はその光景をみて、少しつまらなそうにむくれた。
そして拗ねてしまったのか、もう帰ると言い残し城を後にした。
***********
とあるところにひ弱な王子がいました。
王子はお見合いから逃げ出し、隣町まで馬を走らせて来ました。
そして町を歩いていると、一人の少女に目にとまりました。
背中まで伸びた黒髪に、漆黒の瞳、赤くリンゴのように染まった唇。
王子は一目で恋に落ちました。
そして少女に声をかけようと近づきますが、少女は足早にどこかへ向かって走り出してしまいます。
「待ってくれ!」
王子は馬を走らせ、少女に追いつこうとしますが、なぜでしょう。
なかなか距離は縮まりません。
少女は町を離れ、近くの森へ入っていきます。王子も追って森に入りました。
そして、かなり奥地に進んだころ、一つの小さな小屋にたどり着いきました。
そして、少女が小屋に入ろうとしたその時、王子はめいいっぱいの声を振り絞って声をかけました。
「そこの君!ちょっと待って‼」
声が届いたのでしょうか、少女は髪をふわりとなびかせながら振り向いてくれました。
「…どちらさま?」
特に警戒することもなく王子に接する少女。
可憐な姿にぼうっとする王子。
「…あ、えっと、その」
口ごもる王子に、少女は微笑みながら
「立ち話もなんだし、どうぞ家の中へ」
そういって小屋の中へ入るように促します。
「あ…はい。お邪魔します」
馬から降り、小屋に入ると、一つのリンゴが置かれたテーブルに、八つの椅子が並べられた部屋に通されました。
「適当に座ってください、今お茶を用意します」
「いえ、お気になさらず…」
「そんなこと言わずに…あ!そのリンゴ差し上げます。
私もう食べ飽きちゃって」
あははと笑いながらリンゴを差し出す少女。
王子はそれを手に取ると、ありがとうと一言礼を言って顔を赤らめます。
「じゃあお茶用意してきますね」
そういって席を離れる少女。
可憐だ…と、ため息をこぼす王子。
どうせかなわない恋だ。帰ればまたお見合いパーティの日々だろう。
急に悲しくなり、ふとリンゴに視線を落とし
せっかくだ頂こう。
と、届かぬ思いと一緒に、王子はリンゴをひとかじりし飲みこみました。
次の瞬間、王子の体はぐらりと地に倒れてしまいます。
日が高く上りきった、とある月曜日
王子は永遠の眠りにつきました…